82年振りの大地震 その2

日本にいる弟さんに、電話してみた。
この方は、
某大学勤務の、将来約束された凄腕の男性である。
 彼の支援基準の意識レベルは以下。
http://giving-hands.jp/blog/wp-content/uploads/201006/article_1.html
電話の向こうで懐かしい声が聞こえた。
   ちょうど今、東京タワーで
   ネパール地震の追悼式をやっています。

彼の立場からみた地震の、
国レベルでとらえた被災の甚大さを語っていた。
彼のカトマンドゥにある実家は完全崩壊し
お父さんはテント生活を余儀なくされている。
ちょうど、地震のあったその日は
姪っ子の縁談のため、お兄さんに連れられ
齢80のお父さんは、カトマンドゥを離れていたのだと。
不幸中の幸いで、その家にいたら完全に押しつぶされて
いたであろうが、
外出していたため命は助かった。
これも偶然ではない。
彼の出身校である学校(うちの支援先)の
古い校舎は崩壊したが、
これも幸い、土曜日だったため、
生徒たちは各家で両親の下にいた。
まだ、行政の機能がマヒしているため
子どもたちの安否は把握できていない。
外交官さながらの彼は、
国際支援部隊のリーダーとなり
自分の地域のみならず、
被災した実家の父の元へ走ることもできない。


まずは、
ネパールの国家機能を整えるべく
日本で奔走している。
今、現在
死者  7,000人
負傷者14,000人
とされるも、
まだ捜索されていない地域すらあり、
はっきりとした死傷者数は把握できていないという。
ひとしきり、
忙殺されているにもかかわらず状況説明を丁寧に
してくれた彼の話を聞き終わり
  なにか、こちらでできることがあれば
  させていただきます。
とだけ伝え、電話を切った。
国家レベルで動いている日本在住の彼と
ネパールにて地域密着で動いているお兄さんと
うまく連携をとりながら、
日本側では、ギビング・ハンズで
できることを支援させていただければと思います。
まずは、
支援先の崩壊した校舎復旧と
被災している生徒たちへの支援に取り組みます。
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この支援にご協力くださる皆様
支援金の振込先は下記へお願いいたします。
・銀行からお振込みの場合
銀行振込口座: 三菱東京UFJ銀行 東中野支店
(普) 1577441
名義: 特定非営利活動法人 ギビング・ハンズ

・郵便局からお振込みの場合
郵便振込口座: ゆうちょ銀行
記号: 10160 番号: 50908201
名義: 特定非営利活動法人 ギビング・ハンズ
お手数ですが、お振り込み後は
 お名前
 金額
を、件名 【ネパール地震 基金】として
下記アドレスまでご一報くだると幸いです。
info★giving-hands.jp → ★を@に変えてください。
 ※ これを書いている 15:54 に東京にて地震がありました。
   このネパール地震は、なにかの前兆かもしれない、と。
他人ごとではありません。

82年振りの大地震 その1

ときは
4月25日、午前11時。
インドネシア、バリに住む友人から
久し振りに 一通のメールが届いた。
  先ほど、ニュースで
  ネパール、インド、中国までの地震の情報を見ました。
  あなたの事が頭に浮かび、ご連絡させていただきました。
  被害に遭われていないことを祈ります。
  また、関係の方々も無事であることを祈ります。

年間の多くを、インドで過ごす私を心配しての連絡。
国内出張中だった私は、ホテルでメールを受け取る。
さっそくニュースをチェックし
ネパールでのM7.8地震を確認。
知人には
「日本にいるから無事」
という短い返信をし
即、ネパール在住の友人に安否確認の連絡をする。
首都カトマンドゥとポカラ在住の2人。
震源地からだいぶ離れた、ポカラの学校からは
「被害なし」の即答メールが届くも、
カトマンドゥにある学校関係者からは、
何日経っても、音沙汰が、ない。
電話もつながらない。
日に日に被害者数は増すばかり。
とうとう、
   死者5,000人を越えた。

いてもたってもいられず
再度、携帯電話を鳴らしてみた。
   つながった!

 しかし、音だけ。
 誰も電話口には出ない。
生死がわからない。
こんなとき人は、いったいナニができるというのか。

悶々とした数分後、一通のSMSメッセージが!
Namasute,
Thank you for call.
I was out side, please tell me how you can help us?

   ナマステ、 連絡ありがとう。
   私は外にいたので無事ですが、
   私たちを支援くださいますか?

  あ、よかった・・・
遠く離れた、
めったに顔を合わせぬ支援先の知人だが
安否確認ができ、安堵した。
その後、そのネパール人から
支援先学校の被災写真が送られてきた。
日本の支援で建設した鉄筋の新校舎はビクともせず
レンガつくりの古い校舎は崩壊していた。

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そのネパール人の弟さんは、日本に在住している。
詳しい情報をきくため
さっそく連絡をとってみることに・・・
          つづき・・・