生き方のカタチ

時はスウェーデン。
カリンとバイオダイナミック農場をひとしきり
見学したあと、昼食のため家に帰ってきた。
「わ、見て。はじまったわ、トライアスロン競技が」
ポストを覗いたら郵便物と一緒に新聞が入っていた。
トップ記事には、この期間カルマルで年一回催される
スポーツ・フェスエィバルの写真が載っていた。
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まだ日本にいるとき、カリン不在でスェーデンに行く
予定だったので、ホテルを予約した。
観光地として人気があるのか、夏休みからなのか
小さな町なのに、どこもいっぱいだった。
ちょうどその間、このイベント期間中だったから。
北欧、ヨーロッパから800人が参加するという。
その家族や友人含め、数千人が集まっていた。
町にカリンと繰り出したとき、公園や駐車場には
何百台という宿泊兼移動手段のキャンピングカー
が占拠していた。
「町が賑やかだわ~」とカリン。
わたしからみたらまったくの普通。
きっといつもは閑散とした町なのだろう。
スポーツを家族や友人で楽しむ。
それもひとつのライフタイル。
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新聞をめくっていくと「私たち結婚しました」的な
記事があった。そこにウェデングドレスを着た
女性のカップルの姿があった。
   なぜ女性同士が載っているの?
「なぜって、『結婚』したからよ」
   ・・・ それって合法的に認められているの
「もちろん! 『愛』に性別関係ないでしょ。
            認めないほうがおかしくない?」
   あっそう~
ここまで進んだ国だったのかと、一瞬立ち止まった。
天上界のルールで量るとどうなのかは疑問だが、
すくなとも地上界においては人権を重んじると。
フランスに本部のある欧州評議会では
トルコ国のクルド人弾圧問題に対して
スウェーデンなどの代表が正式にトルコ政府に
抗議勧告しているのをみても、民主主義の名に
恥じない生き方を北欧では主張しているようだ。
それからは、結婚後の夫婦はどちらの姓を名乗る
慣わしなのか、はたまた日本では認められてない
夫婦別姓などについて聞いた。
言わずもがな、まったくの自由。
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結婚のタカチにいろいろあるように、
独身スタイルにもいろいろある。
結婚せず独り身でいることをあらわす言葉。
  ①single   シングル   
  ②bachelor バッチェラー
  ③celibacy セレバシー

シングルとバッチェラーに明確な違いがあるかは
不明だが、わたしの中では以下のように区別している。
①シングル  :結婚の意思はあるが、現在は独身
②バッチェラー:結婚の意思がない、独身主義
③セレバシー :信仰上の理由による、独身

インドは①と③が存在し、②はほぼ皆無。
日本は①か②。そして③はまれ。
インドでは「するか、しないか」。
しない場合、理由が明確。
日本では「してもいいし、しなくてもいい」グレーゾーン
はじめは①のつもりだったが、加齢にともない②になったり
生涯①の予定だったが、結果独身だったり・・・
日本社会は、してもしなくても『生きていける』から
グレーゾーンが存在し、決断力を鈍らせる。
わたしは一応、聞かれたらバッチェラーと答える。
しかし、インドでは③でない限り
「そんなこと 『許される』 のか!?」
と詰め寄られる。
その感覚は、スウェーデン女性同士の結婚を見て
「許されるのか?」と聞いたわたしのそれと似ている。
いずれにせよ、軸があって生きているならそれでよし
北欧ライフスタイルの印象はというと、
「アーティステック」。すべてが芸術的である。
自然、町並み、家々、インテリア、法律、思想に至る、
生き方すべてが「美しい」。
こんなところで過ごしたら、潜むアート心が
どんな人でも芽生えるかもしれない。

例外

パシ。パシ。
土星神の前で祈りを捧げている最中。
ひたすら飛んでくる蚊を手で潰しているガイド。
   ダメだよ、故意に殺しちゃあ~!!
咎(とが)めるわたし。
「なんでだ! 蚊が僕を刺すからだぁ」
   そんなの、あなたのカルマでしょ!
「だったら殺されるのも、この蚊のカルマだろ?」
   そういうの、屁理屈って言うんだよ!
そう言うと目の前の神々を指差し、
「死を司る土星神が僕を通して蚊に
    パニッシュメント(罰)を与えているのさ」
   ・・・あ~ぁ
下手に “天のルール” が行き届いているインドでは
こんなスピリチュアル・マテリアリズム(精神的物質主義)的発想が、
頻繁に横行するのかしら・・・
   ヒンドゥー教にはヨーガのようなアヒンサー(非暴力)
   はないの? 蚊は平気で殺すし、ヤギはスケープ・ゴート
   として常に殺されるし!

「そりゃあるよ。僧侶を殺すのは最も罪深いが、
その次が牛だね。ヤギは供犠されるために
生まれてきているから問題ない。
ただし、そんな不殺生戒にも例外がある。
サナダーナ・ダルマSanadhana Dharma(例外としての調整法)
といって、牛が自身に襲ってきて殺されそうになったときや
前にも話したが、ヘビが家の中に入って子どもを狙って
いるときなど、人間の身に危険が生じたときは殺してもいい」
   
   それを言うなら、『蚊』はあなたを殺さないでしょ!
「そうだ。ただ血を吸っているだけさ。
で、もしマラリヤに罹ったらどうする? 死を意味しないかい?」
そうだった。。。
インドの蚊は強烈なんだった。
カリンに会ったとき、スウェーデン仲間をインドに
連れて行ってボランティアをさせたら、蚊に刺された
数人が病気(マラリヤでない病気。病名忘れた)になり
結局インドでは病院だけ体験して国に帰っていった
という話しを聞いた。
ここまで論破されちゃあ もう反論できない。
ガイドの「勝ち」を認めた。
雨上がりの夕方、ネット・カフェの帰り。
腕中を蚊に刺されて出てきたわたしをみてガイドはひと言。
「へい! 君は蚊を殺さないんだろ? 
     今後は刺されても文句言わないってことね
いつも「蚊が多い!」と文句ばかり言っているわたし。
ガイドは、鬼の首をつかんだかのように笑った。

日本国の二面性

インドのガイドに、わたしの日本での
フライト遅延騒ぎを話した。
大笑いされたあと、「で、どうなったの?」
ここが一番聞きたい。
   そんなの日本だもん
   代替え便を用意してくれたよ
「インドだったら、聞く耳すらないね
         一昨日おいで、ってな具合に」
「ただね・・・」と、ガイドは日本の対応にいつも
驚くばかりなのだが、あるインドの報道を漏らした。
インドのさまざまな識者が、日本の原発問題に
関心を示し、実際日本に赴き、福島まで視察してきたと。
日本の政府陣とも会うことができ、意見・質問をしてみた。
しかして返ってくる答えが、
「貴重なご意見、ありがとうございます」
を繰り返すばかりだったと。
ということは、政府としては何もしていない、という意味。
識者のひとりは落胆した。なぜか。
この問題がインドで起きた場合、政府がなにも
しないのは当たり前。しかし、所は日本だ。
今まで日本という国は、どの国よりも発展し進歩している
だけでなく、とても真摯的な国民性を有している国
だと思っていたから。
日本政府同様に、日本救済のグランド・ホーマの
日程も、二転三転していた。
が、今のところ『8月26日』に執り行われる予定。
その日、無事行われることを祈らずにはいられない。

人としてのつきあい

ある昼下がり。
食事を取るため食堂に入る。
給仕のおじさんが水を持ってきた。
つかさずガイドに何か申している。
表情は険しい。ガイドの顔も深刻。
話しを聞きながら、ひたすらうなずいている。
会話の見えないわたしは、横で聞きながら
なにか文句でも言われているのかと想像。
おじさんが去った。
なんだか後姿が寂しそう。
「あの人のサービスした客がミネラルウォーター代を
払わなかったので、彼のサラリーから差っぴかれる
と、『悲しい』って嘆いていた

あの悲壮感漂う形相はそのせいか・・・
南インドの、いわゆる食堂の類いでは、
食事が終わって帰るとき、客自身が
何を食したか申告して代金を払う

その際、給仕する者は別の客のサービスに忙しく
いちいち支払い客がいくら払ったかなんて
見ていられない。
その食堂は、ミネラルウォーターをレジの
カウンターに置く。会計していた店のオーナーが、
水ボトルを出したのに誰も申告しなかったゆえ、
給仕係に罪を押し付けたと。
なんとも理不尽だ。
高級レストランのように注文を受けたとき
伝票をつければ何の問題もないのに。
こうして、権力ある者の不備から生じた負は
いつも弱者が犠牲となる。
100円ほどの水ボトル代を差し引かれたからって
高が知れてるだろうと思うのが日本人。
日給が200円の彼からすれば、意気消沈。
働くモチベーションはいっきに下がろう。
・・・と、こんな話はよく聞くこと。
それよりも、なんの関係もない、入ってきたばかりの
それも初めての客に、いきなり店の汚点を
「店側」の人間が訴えてくること
自体に驚いた。
またそれを親身になって聞いている
客(ガイド)も客である。
日本的には想像できない世界。
ここには客、店、知り合いなどという関係性
超えた『人としての付き合い』がある。
おじさんから滲み出る悲しみの波動が
店全体に広がっている気がした。
これは店側としては、水ボトル代より
目に見えない大きな損失だと思われる。
店を出るときガイドが、おじさんに水ボトル代相当の
チップを渡していたのを見てホッとした。
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インド人は、特に南インド人は、「インド人」という
だけで、いや、「人間」というだけで、同胞と
みなすのか、まるで身内のように接する。
思ったことを言葉にし、行動する
それは外国人であるわたしに対しても。
「どこから来たの? 名前は?」
「インドはどこを見てきたの?」
ここまではいい。
「ひとりで旅をしているの?」
   そうよ
「なぜ? どうして誰かと一緒じゃないの?」
   なぜって、こんなの日本じゃ当たり前
インド人女性から何百回と同じ質問をされるので
近頃のわたしは虫の居所が悪くなったようだ。
「うっそぉ!! 信じられない! 怖くないの?」
   えぇ? いつも夫や家族と一緒に行動している
   インド女性のほうが信じられな~い、よ!
ちょっとイジワルく切り返してみせる。
もうこの会話をしただけで、親友のように接してくる。
子どものように頭を撫ぜられたり、⇒たぶん年下から
食事を分けてもらったり。
寺院になど行くと、インド特有の祈りの前の儀式に
「本人の名前とナクシャトラ(月の宿星)、その星座」
を僧侶に告げることになっている。
現地語などひとつも話せないのに、ぺらぺらと
ナクシャトラと星座だけは現地語で述べるわたしは
格好の注目の的である。僧侶でさえ目を見張る。
「僕たち僧侶だって間違えるのに、何でこの日本人は
スラスラ言えるんだい?」とガイドに訊く。
するとガイドは毎回、『わたしストーリー』を
話さなくちゃならない。わたしだったら面倒なので
「インドに住んでるのさ」くらいの答えを言ってのけるが。
お国柄か、性格なのか、とにかく人類皆兄弟かの
ような付き合いをする人種がインド人。
ある回教徒の方が言っていた。
インドという国は「違い」を受け入れる国
あれだけの多種多様な、言語、宗教、民族が
ミックスして成り立っている国は珍しいと。
先のトルコのように支配者が替わると、少数民族が
強制的にトルコ化させられていることをみると
なんでもゴチャ混ぜだが、インドの懐の大きさを感じる。
狭義的に見れば、宗教テロがインドで頻繁なのは
否めないが、感じたことをすぐ口にし、行動する
「子ども」のような純な心を含めて、「違い」を
受け入れることの偉大さは学ぶに値するのかもしれない。
南インドの奥地、パパナサム。
小さな子どもが近づいてきた。
「はい! こんにちは。 
  あなた男の子? それとも女の子?」
    ※gent or lady(男性、女性) でなく、boy or girl? と
日本的に言うと、「藪から棒に」聞いてきた。
しかし、ここでは普通。いつものこと。
笑っているわたしを尻目に、隣でパパらしき男が
「こら。女に決まっているだろ。
      そんなこと聞くもんじゃない」
と、子に耳打ちしていた。
一応そのあたりのことはわきまえているんだな、大人は。

オリーブが好き

地中海に住まうモノは、オリーブが大好き。
それは人間だけでなく、動物もである。
中東一広いというイスタンブールの
グランド・バザール。
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カフェの前を通りかかると、唐突に「猫」が躍り出てきた。
なにやら黒いモノと一緒に。オリーブ
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まるでボールをもてあそぶかの様に戯れる。
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おい、どこにいく!
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うまいにゃあ~
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ご馳走さま
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遊ぶだけ遊んで、最後はおいしそうに平らげた。
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よいしょっ
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満足!
ひとしきり彼(彼女?)のパフォーマンスを見届け
日本から持参した秘密兵器を出す。
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なんじゃ・・・ これ?
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触ってみよっかなぁ
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やっぱり や~めた
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こいつ! なんだ パシ
なんてのも束の間
これでひたすら戯れる。
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人だかりができた。
通りかかる子どもが自分のほうを向かせようと
負けじと別のもので猫を誘う。
珍しい遊び道具が現われたからには
見失うわけにはいかない。
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「ネコじゃらし」。
とにかく気になる。
どの国の猫も同じだ。
動くものには目がない。
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じゃあねぇ~
名残惜しそうに見つめられた。
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その後、なんとも壮美な陶器に魅入った。
わずかな期間だったが、
わたしもオリーブが好きになった。

コントラスト その2

西洋東洋という概念は、ここトルコでは異なる。
彼らにとって「西洋」とは、「キリスト教圏」を意味し
トルコを含めた「回教圏」が「東洋」だと。
これは宗教に関して。
つまり、一般的なトルコ国民には、我われが認識する
東洋思想であるインドや中国、日本などが有する
別種の宗教は存在しないことになっている
なぜなら、兄弟姉妹であるユダヤ教、キリスト教、
回教の三つだけが「聖典の宗教」=正しく、
それ以外の「原始的な宗教」=迷信の類であるから。
こんな宗教に値しないものはいずれ消滅するに
決まっているので、考慮する必要ナシだと。
トルコで「西洋の女」といえば、肌を露(あらわ)にし、
男たちと人前で抱き合うふしだらな女という心象。
対し、「東洋の女」はおしなべて身持ちがよく、いまだに
「回教に改宗していない」インドや日本の女子でも
その点は回教徒と変わらないと考えるようである。
「聖典の宗教」のうちユダヤ教とキリスト教は、
最後の宗教イスラームに至る前の漸進的な段階で、
「遅れている」が間違ってはいないと見る。
しかし、それ以外の宗教は「基本的に誤った」
ものだと考えられているようである。
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すごい概念だ。
イスラーム原理主義の人と会ったら、
インド人(回教徒以外)や日本人は
憐れみの対象なのだろう。
いや、まだインド人は確固たる宗教を個々が有する。
諸宗教混淆(こんこう)が当たり前で生きてきた
日本人は、無宗教にも等しく、そんな日和見的な
見解はここでは理解されない。
トルコを含む中近東は、古代文明発祥の地
それも、東西両文明の。
それゆえ一度、肌で感じて見てみたい
大地として渡航先に選んだ。
確かに回教は我われの概念でいえば「西洋思想」だが
古代に中東から発生した思想は、西洋とも東洋とも
認識しがたいもの。
極東から見た日本人には、中東はちょうど中間なので
当人たちの、一般とはまったく異なる東洋意識概念も、
あながち片寄っているわけでなく、納得できるような気がする。
すべてのコントラストは、どう見るかによって
まったく異なる概念が成立することを知った。
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ラマザン明けの日没後は、広場に多くのトルコ人が集まり
イフタール(食事)に耽る。ラマザン期間中の出店や露店が
煌びやかに燈(あかり)を灯し、断食の忍びを癒してくれる。
断食していないわたしもその恩恵を受けようかと、
広場に繰り出した。まるで満員電車のような混みよう。
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はじめてみる五色飴(ファイブカラー!)に魅せられ、
うれしさに思わずビデオをまわした。
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キャラメルみたいな味。

コントラスト その1

スウェーデンをあとにする日のカリン友人宅。
「で、このあと君はどこに行くの?」
  コペンハーゲン経由でイスタンブール
「わ~お、ターキー(トルコ)!
 君の旅はフランスでもイギリスでもなく、
    スェーデンにターキーかい? オツだねぇ~」

そのあとインドに舞い戻ることを伝えると、
両手を水平に上げ目を丸くしていた。
イスタンブール、港の町。
カモメと猫たちがあちこち闊歩する。
この都市を鳥に例えるなら、まさに『カモメ』だ。
『カモメのジョナサン』に出てくる船の甲板に落ちる
パンくずをついばんで暮らすカモメのように、
人びとは皆、お気楽なイメージ。
東西をつなぐ架け橋であるイスタンブールは
常に旅人で賑わい、毎日 町はお祭りのよう。
対照的なのはインド。
鳥のイメージはというと
ズバリ土星を表す『からす』に思える。
死をも司る土星は、破壊神であるヤマ神の
カラカ(表示体)である。
また破壊の神とは、言わずもがなシヴァ神。
すべてをぶち壊し、リセットして洗い流してくれる。
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初めて踏む大地、ターキー(トルコ)。イスラームの国。
2008年エジプト訪問でもそうだったが、今回も断食月
ラマザン(アラブ語ではラマダーン)に当たる。
コペンハーゲンからイスタンブールに入るフライトで
隣に座ったムスリム。機内食を摂らないかと思いきや、
しっかりと「チキン」食を受け取った。
が、ただ眺めているだけ。
その後、主食のチキン食を器ごと
ナプキンに包み、バックにしまい込んでいた。
ラマザン明けのイフタール(食事)にするつもりらしい。
トルコの場合は真夜中過ぎから翌日の日没まで
断食するらしいので、きっと腹ペコに違いない。
スウェーデンにもムスリムがいるというが
ラマダーンが夏の時期に当たる北欧での
断食はたまらないであろう、とカリンが言っていた。
夏の北欧は朝4時ごろから夜は9時半まで明るい。
日の出から日没まで飲まず食わずで過ごす
となると、仕事どころではないだろう。
今回わたしの日程のように、北欧から東へ東へ
日中移動していると、あっという間にフライト中に
夜が過ぎ、陸地に降りたっても陽が沈まない!!
よかった、回教徒じゃなくて。
トルコ共和国は回教徒(ムスリム)の国という以前に、
多くの民族、文化が密集し、古くから幾多の国が
興っては滅び、現れては消えたところ。
戦いのたびごとに支配者が替わり、国境があちこちと
動くのを何千年間常態としてきた地域である。
その都度、もともといた少数民族は
追いやられるか虐げられることになる。
そして、今日のトルコは1922年に共和制を敷いた
ムスタファ・ケマル ― のちのケマル・アタトゥルク
「トルコの父」
 ― の政策による民族国家の様相を整え、
トルコにはトルコ人以外、いないことになっている。
民族や文明をあらわす最たるものは言語である。
現実は多言語が存在するトルコで、トルコ語以外
使ってはならないことになっており、そうでないものの
激しい迫害が昔から後をたたないという。
特にクルド族の存在はひた隠しにされ、
華やかなイスタンブールの位置する西部とは
対照的にアジア側の東部での民族問題は、
トルコの暗部を浮き彫りにさせる。
建国の父、アタテュルクにちなんだトルコの空港名。
賞賛と畏怖が込められる。
しかし、彼の政策の下、いまだ自らのアイデンティティを
見い出せずに「隠れ民族」として暮らすトルコ人と化した
少数民族が多く(1/3も!)住まう部分もある。
さらに回教徒といえど、思想がまったく違う宗派である
アレウィー教徒(回教徒と名乗る)の弾圧は激しい。
元を同じとするユダヤ教、キリスト教、回教では
死後の魂は「最後の審判」を待つことになる終末論だが、
アレウィー教では魂は「輪廻転生」する
   「違う」というだけの排除
建国以来、フランスをまねた政教分離の国家であり、
政府が少数民族や宗派を弾圧するなど不条理に
思えるだろうが、現実、起こっている。
実際に国民身分証明書には「宗教」の欄がアル。
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あまりにも派手なイスタンブールと、
外の世界を知らず、少数民族で肩を寄せ合う
クルド族の住まうクルディスタン地域との、
明確なコントラストを見た。
彼らの哀しみが、なぜか痛いほどわかる。
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透き通った海を眺めていると、その悲痛も
次第に消えていくようだった。

完成された人間

4月、永遠のサマディに入られたサティア・サイババ
偲ぶかのように、南インドではスワミの言葉が目に付く。
ある寺院近くにあるホテルのレストランの入口に
立てかけてあったボード。
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5月には国葬が行われたというスワミの写真と
ともに以下の文言があった。
タミール語表記だったので、ガイドに訳してもらった。
God but as human
If you realize that death is inevitable,
you may wish how your death should be?
Try to ponder;
1: If your death affects only your family,
you lived as Half-man.
2: If your death affects village/town, kith and kin,
you lived as Full-man
3: If your death affects the whole world,
you lived as Mahatma.
4: If nature/whole universe shed tears on your death,
you are God decended down to live on the earth.

【人間としての神】
もしあなたが死を避けられないものと悟れば、
どのような死を迎えたいと思うだろうか?
~ 熟考してみよう ~
①:もしあなたの死が家族にだけ影響を与えるものなら、
  未完の人間として生きたことになる。
  (70%利己心、30%利他心の持ち主)
②:もしあなたの死が地域に、親族縁者・友人に影響を
与えるものなら、完成された人間として生きたことになる。
  (30%利己心、70%利他心の持ち主)
③:もしあなたの死が世界中に影響を与えるとしたなら、
  マハトマ(最上級の魂)として生きたことになる。
④:もしあなたの死で自然や全宇宙が涙するなら、
  この世界に降りて来たである。
                 サティア・サイババ

スワミの遺体は火葬されず、生前スワミが指定
された場所に、そのままアシュラム内に埋葬され、
そこで今までと変わらず信者がダルシャンに詣でる。
単なる肉体を脱ぎ捨てたにすぎないスワミの死では
いっこうにプッタパルティの喧騒は衰えない。
ただし、残された物理的な財(金銀財宝)を
巡ってさまざまな問題が起きていると聞く。
スワミが生前可愛がっていた息子のような男性が
スワミに代わって財を調整していたというが、
それも束の間、まったく財には興味のない彼は
自身の学業に専念するためプッタパルティから離れた。
問題だけ残して・・・
マテリアル(物質)とは人の心を奪うものである
スワミもその様子を草葉の陰から眺めていることであろう。
人は死を迎えるとき、その生(しょう)の
生き様(ざま)が表れる。
家族のためだけに生きるのが標準基準の日本人は、
スワミ評価では『未完の人間』となろうか。
今日『家族のため』にも満たない①以下の
生き方が増大している日本では酷かもしれないが、
せめて人間としてのボディを有したからには
②の「完成された人間」として死を迎えたいものである。
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このボードの内容を必死にメモしている、
普段は信仰深くないそぶりを見せるドライバーが
ホテルのオーナーに、立て看板のコピーが
ないか聞く行為は、とても微笑ましく見えた。
寺院参拝後の我われの前で、不信心にも肉食を
ひとりで楽しむ彼も、やはり信仰の国インド生まれである。

タイムトラベル その4

GHで日本の若者のメンタルケアにと、
『農業』手段としてはじめた際に出会ったBD農法。
なにを隠そう、BD農法とは
シュタイナーが考案した農法のことである。
カリンがBD農法信奉者なので、その関連である
ヴァルドフ教師が身近にいても何の不思議もない。
カリンが独身時代BD農法と出会い、そのベース
にある教育、生き方、思想を取り入れることは
実に自然であるが、それが40年経った今も
継続していることに、真実味がある。
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昨年の南米行きのきっかけもBD農業で、
やはり関連するヴァルドフ教育に触れたことを考えると
わたしが手段として取り入れた農業をたどっていたら、
根本的な「生き方」の真髄に行き着いたような気がしてきた。
わたしがあまりにも身を乗り出して質問するので、
カリンはアルバムを引っ張り出してきた。
それは我われが初めてインドで会ったときの
彼女の渡航記録写真だった。そこには5年前の
わたしも写っていて、タイムトリップしたようだった。
そのとき彼女はADFでのボランティア目的だけでなく、
インドにて2箇所でBD農場視察もしていた写真を見せられた。
「そんなに興味があるのなら、あのときあなたも
       一緒に農場見学しに来たらよかったのに」

   できればそうしたかったよぉ~!
しかし、カリン。当時はまだGH法人化に向け内閣府に
NPO申請したばかりのころ。将来自分が農業
に携わるなんて、露も思っていなかった。
あのとき確か、「ADFのあとはどうするのか?」
とカリンに聞いたら「ケララ州に行ってバカンスを楽しむ」
という話しか出てこなかった。
当時のわたしにはそれを『聞く』準備が
なされていなかったということ。
時を隔てて共有の話題をしているとそのときが甦ってくる。
まるでタイムトラベルでもしているかのように、
過去・現在・未来とは、時間の前後関係なく、
すべてつながっている
と感じた。
わずかな期間にほぼ地球半周すると、昼間15時間
飛行して別大陸に着陸しても、まだ昼間である。
時差ボケならぬ、タイムトラベラーになった気分だ。
それは、時差だけでなく各国の文化水準が異なることで
時代と、さらに次元を行き来しているようにも感じる。
北欧は、日本に住むわたしにとって、
天界のような精神性の進んだ次元国。
現に、カリンと買い物に行った店のいくつかは無人だった。
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商品代金を店にあるボックスに入れ、おつりがあれば、
無造作においてある小銭の入ったザルから勝手に持っていく。
まるで、「アミ小さな宇宙人」に出てくる世界
所有欲のない世界観である。
またヴァルドフ教育を行う特殊な学校は、
とかく、お上からは承認されないが、
北欧では政府管轄下であるらしい。
片や南インドの奥地に行くと、裸足で、
上半身裸で、何も持たない人たちが生息する、
時代を遡ったような世界がある。
そのひとつ、アガスティア聖者が数千年前に
瞑想していたという聖地パパナサム
に足を踏み入れ、
精霊たちの棲まう空間にしばし佇んだ。
そこは、この世とも思えぬ神々の空間だった。
奇しくも、パパナサムはカリンが5年前視察した
BD農場の近くだった。

タイムトラベル その3

ヴァルドフ教育とは、シュタイナー教育のこと。
欧米や南米では、ドイツではじまったシュタイナー教育
の学校が「ヴァルドフ」と名乗ったことで、以来そう呼ぶらしい。
昨年の南米では、農場のみならず創業70年になる
ヴァルドフ学校をも見学してきた。
そこで先生の偉大さを痛感したので、いつかシュタイナー教育に
歴史ある国の、本格的な先生に会ってみたいと思っていた。
その威厳アル方が、今、目の前にいる!
わたしが感動していると、キッチンからカリンが戻ってきた。
「カリン、モニカはヴァルドフの教員だったの?」
「そうよ、わたしのふたりの子どもたちもヴァルドフの卒業生よ。
そこを卒業したうちの子どもの友人たちは、リッパな
職業に就いているわ。医者、弁護士、臨床心理士・・・」
と、農業を語るより、教育を語るカリンのほうが輝いていた。
隣でモニカが「あなたが教師をやったらいいのよ」と微笑んでいた。
「いい、7歳になるまでは子どもの想像力を豊かにするのが
親と教師の役目よ。そのひとつとして、先生はある物語を
幼い子どもに聞かせるの。
それを子どもたちは懸命にイメージして絵に描き、
その物語を一晩寝かせるのよ。
で、翌日聞くの。『どんな物語だった?』と。
皆、一晩たってそれぞれ勝手なストーリーが
出来上がっているが、いっこうに構わない。
重要なのは想像して創造すること
モニカが作ったという本には、
子どもに聞かせるたくさんの物語が描かれていた。
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これを使って家で親たちは同じことをする。
「でね、うちの息子が小さいとき、一晩寝たあと先生に
質問されたのよ。『どんなストーリーだった』って。
すっかり物語を忘れてしまった息子が言ったセリフ、
今でも鮮明に覚えているわ。
『僕なんかより、先生のほうが詳しいんだから先生が話してよ』だってさ。
ちゃっかりしてるでしょ。それは今も変わらない」
この想像力を豊かにする期間、想像する力を奪うTV
見せ続けることは将来の子どもの能力を阻害するのだと。
想像しながら創造していく能力に欠けると、
自分でモノゴトを決めることができにくくなる

そこに精神的弱さが出てくるのだろうか。
だからモニカは、日本人のメンタル問題を聞くにつけ、
感性を大切にするヴァルドフ教育がいいのではと提案した。
                      つづく・・・