思い込み 2

その晩、エリザベスと長い間話し込んでいたら、彼女とわたし、
お互いスピリチュアルに関心があることがわかり、チャリティの
話題から摩訶不思議なことに脱線していった。
それを傍で眺めていた、今にも眠そうだったラマが、目を爛々とさせて
“いったい、このおばさん連中、どんな思想をしているのか?”
と言わんばかりにわたしたちに口を挟んできた。
エリザベスからみたら子どもくらいの年齢である。
しかし、そこは僧侶。思想という領域では敵わない。
ひとしきり彼の言い分を聞いたあと、エリザベスが静かに口を開いた。
「わたしはこれまで何十年と、ありとあらゆる神秘的なもの、
世界の聖者たちを見たりサイキックパワーを体験してきたものよ。
あるときはロンドンから心霊治療家を呼んで、立会い通訳まで
していたこともあるわ。
自分自身もずっとヨーガをやってきたし、最近は腰を痛めできなくて
残念だが、スーリヤナ・ナマスカール(太陽礼拝)は最高よね。
・・・でもね、どんなに素晴らしい聖者に会っても、自分が修行して
どんなに神秘的な体験をしようとも、自分自身が 『他のために何を
しているか』 がもっとも重要なことなんだ
って気づいたのよ。
だから今ではこのような実践的 『チャリティ』 以外、何の意味も
ないと、よくわかったの」
そこで、間髪入れずに “ Me too ! ”  わたしも同感よ。  
と、彼女の手を握った。こんなにわたしと似た生き方、
同じ考えを持つ、しかも初めて会った異国の方と “ひとつになれた”
気がして、魂が喜んでいた。
そんな二人の共通する世界に浸っていたら、隣でラマが、やっと
自分の受け入れられる話でまとまってくれたかと、ホッとしたかの
ように自分の部屋にもどっていった。
きっとラマは、わたしたちが自分とは違う思考へいって
しまうのではないかと、思い込んでいたのかもしれない。
わたしがフランスに戻る晩、「ところで、なぜあなたは
インド経由なんぞでヨーロッパに来たわけ?」と、エリザベス。
「あ~ 仕事のついでだったから・・・ わたし、占星術師なんですよ」
ナンですって!!!!!!!! どうして早く言ってくれなかったの?
てっきり、あなたはソーシャルワーカーだとばっかり思っていたわ!
わたし、そういう話、大っ好きなのよ~
と、帰り際、次回はリーディングするようにと出生データを渡された。
ホロスコープを作って判ったことは、歳が20近くも離れているのに、
わたしと彼女は会った瞬間、意気投合したのを裏づけるかのように、
とてもよく似た星の下で生まれていた。
たった数日で、お互いの思い込みが、実は大いなる勘違いであった
ことがわかった、不思議な時を過ごした。
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思い込み

2007年の冬、ファンドレイジング(資金調達)にスイス
まで来ていたチベッタン・ラマに、寄付を渡すために
メイン・スポンサーであるMs.エリザベスの家を訪れた。
建築会社を営むご主人と一緒に住む家は、
それはそれは、リッパな佇まいだった。
雑誌にでも掲載されるような、家具と調度品が美しく
各部屋の特徴をうまく表現していた。
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風水を生業のひとつとするわたしは、中2階ありの
入り組んでいる家の風水的善し悪しを、つい、
探りたくなってしまう行動に駆られた。
しかし、南スイスにも別荘を有するという資産家だ。
さらに、チベッタン学校を丸ごと寄付されている。
こんな人物が住む陽宅風水など、鑑定しなくても
いいに決まっている。
前夜パリに一泊し、朝 超特急電車TGVに
乗り込もうとしたとき、エリザベスから電話があった。
「あなたはベジタリアン(菜食主義者)ではないかと
ラマが言っているが、お肉はダメなの?」
なるほどラマは、ヨーガや瞑想を習慣にしているわたしを、
そのように思い込んでいるんだな。
普段は確かにベジタリアンである。それは身体がそう
欲求しているだけで、他国を訪れ異民族との付き合いでは、
基本的に何でも食するようにしている。
だから、彼女に 「なんの問題もない」 と伝えた。
その日、エリザベスがもてなしてくれたパスタには、マトン
がしっかり入っていた。それよりも、一緒にパスタを
食べている、修行僧のラマのほうが心配だった。
      肉を食べて、大丈夫なんだろうか・・・
彼は毎年、ファンドレイジングでヨーロッパを訪れる。
そのたび、ヒマラヤ山中とは真逆の文化的生活を
している。きっと、子どもたちのために、先進国に
合わせているんだろうと。 
これもある意味、ラマの『修行』なのだろうと
複雑な気持ちで、パスタをいただいた。
夜は、ご主人も交えてクリスマス一色の街に食事にでかけること
になった。そのときは、自由に食事メニューを選択できたにも
かかわらず、ラマはなんと、自ら肉料理をオーダーして
いたのだ! ビックリしたので、
「ラマ! お肉食べても平気なの?」
と、思わず聞いた。ダライ・ラマ法王が住むインドのダラムシャラー
では、入り口すぐのところで、大きな写真が目に飛び込んでくる。
そこには多くの動物の殺されている姿が、空一杯に掲げられている。
そのスローガン: 『動物は食べ物ではない、友だちです』
これは、仏教の不殺生を訴えているポスターである。
そのチベット仏教徒のラマが、なぜお肉を?
するとエリザベスが、ラマに代わって解説してくれた。
マイナス30~40℃になる冬の高地では、食料がなくなる。
そこに住む彼らの食料は、極寒の中でのエネルギー補充
という意味で、ヤク(ヤギのような動物)の肉を食べて極寒
の冬を越すのだという。
    なるほど。
ラマは、まわりに合わせてムリに肉食を受け入れていた
訳ではないのね。要らぬ心配だったのか。
まったくもって思い込みだった。
帰り道、エリザベスに「なぜチャリティ活動を始めたのか?」
と尋ねた。
たまたま彼女が行ったドイツのイベントで、ラマの砂曼陀羅の
デモンストレーションが行なわれたのだと。
その後ラマから、貧しい子どもたちのための学校建設計画の
熱い想いを打ち明けられ、『聞いてしまった』から、応援しない
わけにはいかなくなったのだと。
そんなときちょうど遺産が入り、それを建設資金に充てたのだそう。
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ふ~ん。なにも資産家として、お金があるから支援したのではなく、
自然にきたオファーを受け入れ、個人的な資金で応援していたと。
これまたわたしの、大いなる思い込みだった。
つづく・・・

認定NPO法人格取得について

つい、1ヶ月前のこと。
「今月分の寄付を振り込みました~ 
 確定申告のために領収書くださいね」
・・・・領収書の件は了解しました。
   ただし、申告時の控除の対象にはなりませんよ。
「え~ そんなはずはナイでしょ! 
寄付は確定申告できるということになっていますが、
 ギビング・ハンズは対象外?」
・・・・はい、わたしもNPO法人を興すまで、寄付は100%控除対象
   だと思っていました。
お恥ずかしながら 『NPO法人』 と 『認定NPO法人
の違いも知らず、運営しながら1つひとつ確認していく流れで、
今まできてしまっている。
※内閣府又は各都道府県においてNPO法人の認証(法人格の取得)を
された法人のうち、その運営組織及び事業活動が適正であること
並びに公益に資することについて一定の要件を満たすものとして、
国税庁長官の認定を受けた法人のこと

日本の現状を調べてみると、認定NPO法人格の取得は、
約4万ほどあるNPO法人の中、 現行では80数団体程度である

どうやら、本社が大きな海外団体であったり、歴史のある
実績団体というエリートクラスのようである。
このような認定NPO法人に寄付をするときのみ、日本では
税金控除対象になるという法律である。
この制度の社会的認知度はまだまだ低いため、上記のような
質問が出るのはごく自然のことであろう。
NGO(日本で言うNPO)大国 アメリカの現状を見てみると、すべて
の寄付金は控除対象となるようだ。また、別の意味でのNGO大国
のインドでは、それほど厳しい審査でなく、ある一定の手続き申請
をすれば、やはり寄付金は税金控除の対象となる。
いやはや、日本政府の慈善活動に対する認識は、まだまだ諸外国
と比べて遅れているように思われる。これではいつまでたっても我々
のような弱小団体が、育っていきにくい仕組みになる。
なんて思っていたら、つい最近「認定NPO法人格取得条件改正」
という案内が政府から届いた。
これで、ようやくギビング・ハンズも認定法人格取得のハードルが、
少しは低くなりそう・・・

空気 読めない症候群

6月、バンガロールにあるカウンセリング・センターを訪れた。
目的は、毎日行なわれるグループ・カウンセリングに参加すること。
ここはとてもユニークな療法で、若者の精神的な問題を解決している
メンタル・リハビリテーションの場である。
ある朝、吹き抜けのオープン・スペースでお茶を飲んでいたら、
3ヶ月前には見かけなかった新人の女性患者が話しかけてきた。
「は~い! どこから来たの? ここをどうやって知ったの?」
  日本からよ、友人に紹介してもらったの。
  あなたは普段、何やっているの?
「わたし? 一級建築士よ」
  へ~ 建築士 かっこいい職業ね。で、どうしてここに来たの?
「兄がね、ここに行ったらいいよって、連れてきてくれたの」
と、『Why(どうして)』ではなく『How(どのように)』という答え。
が、とても社交的で知的な女性という印象だ。
その後、彼女の様子を観ていても、よく働く(食事の片付けや
掃除等は当番制)し、誰とでも仲良く交流しているようだった。
日常生活を見ているだけでは、彼女がここにいる理由や、
メンタル的にどこを矯正するのか、わたしには判断できなかった。
午後のセッションで、彼女を含む5~6人のグループ
カウンセリングを見学することになった。
サイコセラピストの誘導で、各人の課題に焦点が当てられた。
彼女の順番になった。
「わたしはみんなと仲良く過ごしたいから、なるべく自分から
話しかけている。しかし、Aさんはわたしの行為に応えてくれない。
それどころか怒っているようにも感じるが、なぜなのか?」
彼女が指摘したAさんは、同じグループ内にいる男性である。
名指しされた彼から、何らかのコメントがあるかと思いきや、
素知らぬ顔で、彼女のいい分を聞いていた。
彼女はセラピストから、なぜそのような状態になったのか、
自分なりにどう考えているのかと問われた。
「まったく理解不能です。わたしは彼とよい友人になりたいし、
なれると思って接している。なのになぜ、挨拶すらしてくれないのか?」
とうとう男性が口を開いた。
「彼女とは、友人になれるとは思えない
厳しい反応だった。彼は、明らかに彼女に対して
何らかの “引っかかり” があると感じられた。
それら全体の状況を把握しながら、『気づき』を促す質問が、
彼女に次々と浴びせられた。
ここでのグループ・カウンセリングは、なにもキッズ(患者)と
セラピストだけのセッションではない。
キッズ同士もその課題に取り組み、意見・質問を投げかける。
だから、さまざまな角度で自分を分析してもらえる。
彼女が、いろいろな人の指摘を受け、どうやら彼は自分を
受け入れてくれない理由があるのだと理解しはじめた。
それがわかった途端、彼女が放った言葉は、
「ごめんなさい、わたしが悪かったようね」
という謝罪。その瞬間、複数から攻撃を受けた。
「彼は、あなたに謝ってほしいわけではないの! ただ、人の気持ち
を理解してほしいと思っているだけなの。気づいてほしいから、
敢えて挨拶もしなかったのよ」

根本原因を探ろうとせず、表面的に出ている問題だけを
解決しようとする
彼女のいつものパターン『人生ゲーム』に、誰もが
「そこが一番問題!」と諭していた。
極め付けは、普段から無口な別の男性が、
「そう、君はいつも 『人の傷口に塩を塗りこむ』 んだよね」
と手厳しいひと言。一息おいて、セラピストが彼女に尋ねた。
○○(名前)、どんな気持ち? 今のあなたの内面は・・・
「・・・こ、混乱しています・・・」
Good! それでいいのよ。それはあなたが今までと違うパターンで
心の内側を観察しはじめた証拠。混乱を受け入れ、なぜそうなった
のかじっくり考えてみることね。
わかった? Aさんはあなたの何かに引っかかっていて、そのことを
差し置いたまま、あなたが何ゴトもなかったかのように、積極的に
近づくほど、態度が固くなっていったというわけ。
そんなときは、『Aさんはなぜ自分を受け入れてくれないの?』という
一方向的な捉え方ではなく、Aさんに受け入れてもらえない
“自分”側に目を向け、原因を考えてみることね。

「 ・・・ わ、わかった ・・・」
そのときの彼女は、Aさんに胸張って意見を述べたときとは打って変わり、
混乱極まりない虚ろな目で、みんなを見つめていた。
つまり、彼女は古い言葉になるが、
『KY』ーー空気が読めない女だったと。
一連のセッションで、知的でリッパな職業の、一見 積極的な彼女が、
なぜ、仕事をやめてカウンセリング・センターに入寮しているのか、
人間関係の支障を憂えた兄の愛が、ここまで彼女を
連れてきたと、ようやく理解できた。
ここのセッションに参加するたび思うのだが、ひとりひとりに厳しい
言葉を伝えるときのセラピストからは、深い愛を感じる。
何とかここで気づかせ、社会復帰させたとき同じ過ちを繰り
返さないようにとの、まさに親心そのものだ。
また、小さい頃、親の仕事の関係で世界中を廻っていたある男性は
ここでは積極的にリーダーシップを発揮している。
流暢な英語で、わたしによく話しかけてくれる。
  あなたみたいな人は、ここにいる理由なんてないんじゃない?
と、聞くと
「うん、もう来月には仕事に復帰するんだ。ぼく、ホテルマンなんだよ。
ただ、怒りがコントロールできなくてさ・・・」
このように、人格面での矯正を目的とした方から、誰とも会話を
しない引きこもりぎみの方から、統合失調症に至るまで、幅広い
若者たちのグループ生活が、ここでは re-parenting(再親業)
と称して実施されている。
キッズたちは朝・昼・晩あった出来事を、観察しながらセラピストと
一緒に考えていく。そして、急速に心の変化を遂げていくのである。
ここまで本音と本気で、内面に踏み込んでいくことは、肉親でも
限界がある。しかし、このセンターでは他人同士で毎日それを
繰り返し、短期間での再・人格形成を図っている。
ともすると、自分が良かれと思っていることでも、他の目線からは、
苦痛そのものという
ことを、無意識に自分でも犯しているかもしれないと、
彼女を見ていて、人ごととは思えない気がした。

No Problem is Big Problem ~“問題ない”が、大きな問題~

     ノ~ プロブレム!
インドにいて、この言葉を聞かない日などないぐらい
彼らの大好きなフレーズである。
考えてみれば、すごく便利な言葉である。
このひと言で、ほとんどの問題が、霧の如く
消え去ってしまうのだから。
実況中継:
その1:本屋さんにて~
「この本、表紙が破れてますが、新しいのありますか?」
ノ~ プロブレム! 内容は読めるから。
その2:エアコンなし40℃のタクシーにて~
「うしろの座席の窓が開かないんですが・・・」
ノ~ プロブレム! 前の窓は開くから。
その3:服屋さんにて~
「この服、汚れてますけど・・・」
ノ~ プロブレム! 洗剤で洗えば落ちるから。
と、挙げはじめたらキリがない。
日本人の感覚だと、れっきとした “クレーム” が、
インド人の基準だと、『だから、ナニ?』 という具合である。
この言葉を聞くたびに、
「そちらは問題ナシでも、こっちには大きな問題アリなの!」
と、つい訴えたくなる。なんていい加減な国なんだと
理解不能に陥っては、「ここはインド、ここはインド」
と呪文のように、乗り切ることにしている。
あるときインド人同士でボソボソ話しているのが
聞こえた。
「ホントに日本人は、何でも問題視するんだから・・・」
と愚痴る彼ら。言われてみれば、いちいちクレームを
つけられて、いい気分などしない。
インドという国は、5千年の歴史と10億の民、面積は日本の
約10倍あり、何千ものカーストと多彩な宗教を持つ。
言語はヒンディー語、英語が公用語だが、憲法では14の
言語が地方語とされ、実際には845の言語・方言があると
いわれている多民族を、たった1人の首相が統一している
リッパな民主主義国家である。
この気の遠くなるよな多様性で、細かいことを気に
していたら、それこそ日が暮れそうである。
だから、この 『ノ~ プロブレム』 を共通用語にこの“差異”を
うまく受け入れ、自然にそれぞれの主張を取り入れる環境
が出来上がっていったのであろう。
ここに弊害がないとは言わないが、細かいことを気にする
“オ~ル プロブレム”の日本の習慣が、決していいとも思えない。
何でも一定の基準値に当てはめ問題視する日本社会の傾向が、
現代日本の抱える、さまざまな問題の因となっているのかもしれない。
ある雑誌で「外国から輸出を拒まれ始めている日本国」という
記事が掲載されていた。
中国でマツタケを輸入しているある商社マンが、現地職員から
影でこう言われているのだと。
「アイツ、そのうち刺されるぞ・・・」
その彼の仕事は、10t ものマツタケの中から、選りすぐって
いい物だけを、日本に送りこむというもの。
結果、彼の手で選ばれしマツタケは、10t 中たったの1t だと。
では残された、いわゆる不良の9t は、いったいどう処理
されていくのであろうか。
今まで上客の日本人のやり方に文句も言えず、だまって
見ていた現地人が、近頃は、マツタケを粉にして使う、
日本同等値段で、良い悪いを一緒に買ってくれる
ヨーロッパ人が増え始めているという。
ならばもう、小うるさい日本人など相手にしない傾向に
自然となっていくのもうなずけよう。
ノ~ プロブレムのインドと、オ~ル プロブレムの日本を
足して二で割ったらちょうどいいのに、と両国をみていて
タメ息がでた。
日本人も、刺されないうちに気づきましょ・・・

別の形の【試練の時】

8月6日 広島原爆投下日
わたしがインドに行くとき、必ず立ち寄る施設がある。
そこは欧米から多くの方がボランティアにやってくる。
食事のとき、その方たちと一緒になるのだが、
施設の理事長が、わたし=日本人を紹介するとき
毎回決まった言い回しをする。
「彼女は日本人です。
日本という国は、世界で唯一
広島・長崎で原爆投下された国ですが、もの凄い
勢いで国の復興を遂げた、非常に優秀な国であります」

だと。
初めてこのような紹介をされたとき、日本の急速な
発展など気にも止めていなかったからちょっとビックリ。
しかし、都度の紹介で同じことを聞かされているうち、
日本ってそんなに、す・ご・い のか・・・
と、先達を敬う気持ちが出てきた。
確かにインドの基準で計ったら、この壊滅後の日本の
復旧速度は半端でないのだろう。
数年前に起こった、大規模なグジャラート(西インド)州の
地震後は、未だに waste land (捨てられた土地)となっている。
今でもインドは普通に毎日4時間停電があり、整備されて
いないスラム街の道路は、少しの雨でもすぐに湖と化す。
車などとても通れたものではない。そのときは荷物を頭に
のせて、徒歩で行き交うのが日常茶飯事なのである。
だから、インドにいるときは多少の災害、インフラの不備には
慣れっこになる。真っ暗な中、ロウソクの明かりで生活し、
雨が降っても傘などささず、雨が吹き込もうが、車の窓など
全開のままという、自然体である。
もしかしたら、63年前の戦後の日本もこんな状況だったの
かもしれないと、8月15日の終戦記念日を前にしてふと思った。
その当時は不便、不愉快など気にしている場合ではなかった
のかもしれない。だからこそ、不屈の精神力と日本人の真面目さ
で、ここまで大きく発展してきたのかもしれないと。
現在の日本では、あらゆる物が与えられ、何かが壊れても
修復される見込みがたつ時代となっている。
こんな時代、どうやって精神力が鍛えられるというのであろうか?
しかし、見方を変えれば今は今で、大変な時代だと言えないこともない。
昔は物理的な試練の時で、今は精神的な試練の時かもしれないと、
昨今の犯罪率の高さ、就職・転職氷河時代、とりまく自然環境
の大荒れ状況などに触れながら、いつの時代も【鍛えられる】環境
が人間には用意されているのだなと、つくづく痛感している。

デトックスは早いほうがいい?

「あなたは寒いのが苦手かな?」
    はい、暑いインドにいるときでさえ、
    エアコンはほとんど使いませんから
「よし、これで君のレメディがわかったぞ」
5月の渡印時に電話だけでレメディ(砂糖玉)を処方してもらった
ホメオパス(ホメオパシーの医者)に、今回、運よく会うことに。
日本でさえホメオパスという人物に、お目にかかったことがない。
わたしの周辺には “ホメ信奉者” がみるみる増え、皆、
自称ホメオパスとなりきっている。
わたしには、まったくその類いの知識はなく、まわりが
奨めてくれるものを摂っているだけの愛用者だ。
今回本格的なカウンセリング後に処方してもらったレメディも、
前回同様、1回に6粒摂るもの。その後1ヵ月様子をみるのだった。
日本のものがどのようなポーテンシー(希釈度)かは知らない。
ただ、1回に一粒を1日2~3回摂る、ということだけしか理解
していない。ただインドのとは違うのは確かだ。
ホメ・レメディを知ってから、あちこち飛び回るわたしの
ライフスタイルに、持ち歩き便利で賞味期限のない療法は
すごく合っていると喜んだ。
それでも朝・昼・晩と摂り入れるのは、つい忘れてしまいがち。
それがインドものだと、いっぺんで済む。しかも、次回は1ヵ月後
まで摂らなくてもいいなんて、まるでわたしのためにあるよな
療法だ。
しかし、少しづつ摂るか一気に摂るかで、デトックスの
しかたも違う
ということだ。
前回激しく出たことを考慮して、今回も処方はされたが日本に戻って
摂ろうかと考えた。だか先生から「明日、起きたらすぐ摂るように」と
言われたので、それに従うことにした。
まぁ 仕事は終わっているし、あとはインドのスタッフと
打ち合わせをするだけである。
言われたとおりに翌朝、6粒いただいた。
・・・すると、予想通り。
声が枯れ、咳き込む毎日を10日間送るハメになった。
日本に戻り、ホメオパシーを学ぶ友人に、インドで処方して
もらったレメディとポーテンシーを告げたところ、
「それはすごい! 日本ではそれだけのポーテンシーは
1回に一粒しか摂らないものよ」
と言われた。やはりインドは激しい国なんだと、痛感した。
端的にいえば、ホメ・レメディとは心身の深い部分に押し込まれ
ている毒素を吐き出し、心身ともに健康にしていくものだと。
ドイツで開発されたこの療法の、根本原理は世界共通なのだろうが、
その摂り方が、日本とインドではどうも違うようである。
日本のそれは少しづつ摂り、少しづつ毒素を出すもの。
インド流は、いっぺんに摂り、一気に毒素を出すものだから、
その好転反応に対する理解力と絶える精神力が必要とされる。
どちらかというと、結果をすぐ求めるわたしは、多少辛くても、
早くよくなる方を選ぶと。だから今後もインド式でいこうかと。
インドでホメオパスになるためには、5年半かけて毎日学校通いし
日本の医者になるのと同じくらいの授業料で資格を取るのだと。
ここまで激しくデトックスが起こると、今月末に次のレメディを
摂るのが、とっても楽しみである。

ネパール チベッタン学校から

【 チベット・ラマの学校、GCBSの事務局長からのメッセージです】
お元気ですか?
今、学校では、我々の生徒のほとんどが、顔のにきびやおできが
治ったところです。まだ2名の生徒が身体におできがある状態です。
彼らは治療を受けながら、今日も授業に参加していますが、
あと2~3日で治ってくれることを祈っています。
我々は、Ms.Joelle HaemmerliとVera Mullerという2名のスイス
からのボランティアがいます。
彼らは我々の先生や生徒とともに素晴らしい仕事をしてくれています。
彼らは生徒の英語のリーディングやライティングの練習を様々な活動で
サポートしてくれています。
子どもたちは彼らと一緒に様々な活動をするのをとても楽しんでいます。
彼らは我々の学校に1ヶ月滞在します。あなた方のほうのお天気は
どうですか・・?? 今こちらでは毎晩雨が降っています。
夕べは一晩中豪雨でした。砂利道から学校までの道はところどころ、
排水ができないで妨害されてしまっています。
いつも私どもの学校の家族に、愛と関心をありがとうございます。
よろしくお願いします。
Tsering
===
Hope you are fine there.
Here at school,most of our students have just
cured from the pimples and boil on their face and body.
Still we have two students having boil on their body.
They have been medicated and have not attended class today.
Hope they will be fine within two or three days.
We have Ms.Joelle Haemmerli and Vera Muller,our two volunteers
from Switzerland. They are doing great job with our students and
teachers. They are helping our students in their English reading
and writing practice with different activities.
Our children are really enjoying with them while playing different
activities. They will stay at our school for a month.
How is the weather over there at your place….??
Here we have rain every evening. Last night there was a heavy rainfall
all the night. The road to our school from the gravel road has been
hampered in some parts due to unavailability of drainage system.
Thanking you for your love and concern towards our school family.
Kind regards,
Tsering

バックアップを取ろう!

今日は8月1日
金星が獅子座に入り、少しは “試練の時” が緩和されるかと
思いきや、まだまだ激しい勢いは収まらないようである。
一昨日帰国してから、わたしの耳に入ってきている報告だけで、
パソコンの不具合、故障・・・11件
(内、雷が落ちて破壊される 2件)
訴訟を起こされる、巻き込まれる・・・2件
動物が車に飛び込んで大破、故障・・・3件
極度の精神不安定・・・6件
携帯電話紛失、不具合・・・5件
異性との突然の別れ、告白・・・3件
発熱、体調不良・・・3件

給料日後の大金入り財布紛失・・・1件
意味もなく周囲とトラブル(嫌悪)・・・数知れず
たったわたしの周りに起こっているだけで、これである。
ひとつひとつ具体的な状況を観察すると、どうも
“リセット” というのがテーマのようだ。
今までのデータや人間関係の整理整頓、心の深い意識の吐き出し、
身体の調整などを、惑星たちが引き金となって誘導してくれている
ように思えてならない。
ただ、故障は困る。ハードは買い換えれば済むが、長年培った
データの紛失は、過去を失う恐怖と同等だ。
しかし、もしかしたら過去をきれいに清算しなくてはならない
時期にきているというメッセージなのかもしれない。